長崎の鼈甲細工について



目 次

まえがき

あらまし

鼈甲細工に用ひられる種類




著者のご紹介 在野の史家 渡辺庫輔さんの魅力

県立図書館の郷土課には8万冊の郷土資料が所蔵されているが、その一角に約3,500冊の渡辺文庫がある。古賀・山口・藤・諌早文庫などとならんで、質・量ともに最も充実した文庫の一つである。庫輔さんの死後、関係者の理解ある配慮により、本館に一括入手されたものである。そこには、文書・刊本・新聞スクラップなどと並んで、数十冊の自筆のノートがある。晧台寺・大音寺その他の長崎の寺院の過去帳や由緒書等が、几帳面にびっしり書き込まれている。コピーやマイクロフィルムが発達していなかった時代とはいえ、よくもここまでやったものだとその強靭な熱意・エネルギーに圧倒される。
 渡辺庫輔さんは若くして斎藤茂吉や芥川龍之介に師事し、その文学的才能を早くから注目されていたが、何故あれほど徹底的に歴史の実証的世界にのめりこむことが出来たのか不思議でならない。二人の師からそれぞれ、「与茂平」・「風中」の号をもらい、それを終生誇りに思っていたというだけに文学的挫折と屈辱がそうさせたのだろうか。あるいは、歴史の世界での師である古賀十二郎氏の影響が大きかったのだろうか。もう一つ驚くことは、あれだけの収集と研究を生涯一民間人としてやり通したことである。今と違い郷土史家がそれほど重宝がられなかった時代にである。経済的困窮と引き換えに、毒舌と研究の自由を選んだとも言える。残された書簡類をみると、その交友は全国的で中央の名ある文化人との結び付きも深い。昭和38年6月に62歳で亡くなった。渡辺庫輔さんの仕事と情熱は今なお光り輝いている。