その夜いつもより早めにベッドに入ったたつる君は不思議な夢を見ました。
大人になったネクタイ姿のたつる君がいます。座っているのは病院の手術室の前のソファーのようです。もう3時間経ちました。まだ手術室のドアは開きません。いったい誰の手術なのでしょう。たつる君は自分が誰の付き添いなのかはっきりわからないのです。手術を受けているのはついこのあいだ知り合ったばかりの人のような.ずっと昔から知っていた人のような.自分にとって大切な人のような.そうでもない人のような.モヤモヤした存在の女の人のようなのです。それでもその人とはずっと一緒にいるような気がして
「手術が成功して欲しい」 
そんな気持ちを抱いてずっと待ち続けているのでした。
ドアが開きました。
「お兄ちゃん 手術は無事に終了したよ」
驚いたことに中から走り出てきたのは大人になって長い髪を一つに束ね白衣を着たキリリとしたすみれちゃんでした。すみれちゃんはとても大変な勉強を乗り越えとても難しい試験に合格してお医者様になったのです。最新の医療技術を学ぶために同じように若い先生たちと一緒に朝早くから夜遅くまで病院で一生懸命仕事をしています。
「すみれ ありがとう」
「もう大丈夫。これで元気になると思うよ。よかったね。お兄ちゃん」
にっこり笑ったすみれちゃんはしっかりとたつる君の手を握りしめます。たつる君の目に少しだけ赤くなっているすみれちゃんの顔と昨日の夕食の時のすみれちゃんの姿が重なって映りました。
その時どこからかひいおじいさんの声が聞こえたような気がしました。
「もしも自分にほんの少しでも人より秀でているものがあったら その能力や才能は誰かを幸せにするために使うように神様から与えられたものなんだよ。自分のためだけではなくてね。どうだい たつる君 そう考えることはできないか」
たつる君はハッとしてその瞬間に夢から覚めました。そして再び深い眠りに入っていきました。

いつのまにか太陽が昇り明るい朝が来ています。眩しい光で目が覚めたたつる君の心はなんだか答を見つけられそうな気がしてすっきりと晴れ渡っています。
スタミナ餃子のおかげで体力も戻りました。元気に飛び起きて一階に降りると早起きのすみれちゃんはトラに朝ごはんをあげて一緒に遊んでいました。たつる君はそれを見て昨夜の夢を思い出しました。「あの夢はもしかすると本当のことかもしれないな。すみれはまだ小学3年生だけどひいおじいさんのおっしゃったことをもう知っているのかもしれない。大切な人を幸せにするために勉強するんだなんてよしなが君やとのだ君は考えたことがあるのかな。僕だって気がつかなかったし今もはっきりとわかっているわけじゃない。もしすみれが考えなくてもわかっているとしたら 僕たちのなかの一番はとのだ君でもよしなが君でもなくてすみれということになるぞ」
そう思うとすみれちゃんのことが頼もしくてたつる君はとても勇気づけられました。

「夕べ 不思議な夢を見たんだ」
足元に寄ってきたトラを抱き上げてたつる君が言うと
「知ってるよ」と言いたげに
トラは小さく「ニャン」となきました。

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