真夏の海の上です。
大きな帆を張った船は風を受けながら南へ南へと進んでいます。
ネクタイを締めた男の人が肘をついて何か考えながらずっと海を眺めています。
太陽は眩しく空も海も青く青く澄み渡っています。
海の上を飛ぶ鳥も船のすぐそばを泳ぐ魚も鮮やかな色の生き物ばかりになりました。
小さな島が見えました。船はゆっくりと速度を落とし滑るようにその島の入江にはいります。
さあ いよいよ上陸のときがやってきました。


足元に注意しながら第一歩を踏み出すとそこには打ち寄せる波の音と鳥のさえずりと風にそよぐ木々の葉のざわめきが満ち溢れています。でもそれ以外は何も聞こえず人影もありません。
「無人島かな。誰もいない。こんなに綺麗な自然があるんですもの.動物たちの国なのかもしれない。そうだ.後で島を探検してみよう。そうすれば島の大きさや地形がわかるに違いない。地図がないから迷わないように気をつけないといけないな。」
いろいろと考えながら男の人は少しだけ心細くなりました。でも何かが始まりそうな予感がして.ざわざわと騒いだりわくわくしたりする気持ちを抑えきれず落ち着くために大きく深呼吸して周りを見渡しました。


「君はたつる君かい…?」
探検隊の格好でしょうか.それとも軍人さんの軍服なのでしょうか.背筋をピンと伸ばした大柄で頑強そうな体格のお年寄りがうしろから声をかけたのはその時でした。びっくりして振り向いた男の人は突然の出来事に口から言葉が出てきません。お年寄りは続けました。
「たつる君だね。いらっしゃい.よくきたね」
いつのまにかお年寄りの傍らには青い海で泳いでいたウミガメたちが集まっています。そしてこちらに向かって手を振っています。
「‥はい‥」 
俯きながら小さな声で言えたのはたったこれだけでした。船に乗って長い旅をしてきたのはやっぱりたつる君です。ネクタイ姿ではあるものの中身は小学校6年生のたつる君の頭の中はとても混乱していました。
「どうして初めて会った僕の名前を知っているの? ぼくがここに来ることも初めから分かっていたようなかんじがする。それにウミガメたちだって不思議だ。さっきまで船のすぐそばで魚たちと一緒に泳いでいたのに.いつのまにか陸に上がって今度は友達みたいに手を振るなんて.」
「いや.手を振っているような気がするけれど僕に対して拳をあげてみんなで文句を言っているようにも見える。これ以上近づくと襲われるかもしれない。ここから逃げよう」
たつる君は不安と恐ろしさで一杯になって一緒についてきたトラと船に戻ろうと考えました。
「トラ. 帰ろう」
たつる君が声をかけるとなんということでしょう。トラは生まれて初めて見たウミガメに驚いて腰を抜かしてしまい目をつぶってたつる君の足に必死にしがみついているばかりでした。

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