「さぁ 陽が傾いてきたよ。そろそろ船に戻る時間だ」
ひいおじいさんがたつる君の肩をポンと叩きました。
男の人達が出来上がったものを持ってきました。ひいおじいさんは満足したように頷いたり やり直しを命じたりしています。
たつる君はそれを見てママとすみれちゃんのことを思い出しました。
「綺麗だな ママとすみれを連れて来ればよかった。二人にも見せてあげたい」
ひいおじいさんはたつる君に優しく語りかけました。
「美しさ.美 は生物(いきもの)の生命(いのち)なんだよ。
鳥や獣や魚も みんなそれぞれ自然から与えられた美をもって生まれてくるんだ。
山や川 草や木にいたるまで 美に恵まれないものはない。
それなのに 萬物の靈長 最も優れているといわれている人間は どちらかというと美に恵まれていない。
その代わりに知力に恵まれている。
だから知識と技術を使って美を求めて装ってきた。
これは人の自然な欲求 憧れなんだ。
玳瑁(たいまい)という亀
肉は鶏のささみのようにやわらかくてやさしいさっぱりとした食感でおいしい。
甲羅には天然の美がある。
南の海で育てられた生命(いのち)の色なんだ。
そしてわたしたち日本人は外国の人たちより
細かい工芸技術の才能がある。
もしも自分にほんの少しでも人より秀でているものがあったら その能力や才能は誰かを幸せにするために使うように神様から与えられたもの。自分のためだけではなくてね。
どうだい たつる君 そう考えることはできないか。
これはここにいる人たちが作ったんだ。
大切な人のためにね。大切な人の笑顔をずっと見ていたい。
もしそれができないのであればその人にはずっと幸せでいてほしい。
そしていつまでも忘れないでいて欲しい。
みんなそういう気持ちなんだよ」

沈みかける夕日のなか すべてが黄昏色に染まっていました。
ひいおじいさんの手の中の黄昏色も同じように染まっています。
「ひいおじいさん これはなに …?」
質問しようとしたとき トラがにゃんと小さく鳴きました。


「ただいま。アイスクリームを買ってきたわよ。」
「いただきまーす。」
外で遊んでいたすみれちゃんはママと一緒に帰ってきて大好物のアイスクリームを食べています。
たつる君はこっそり見たスケッチブックをお仏壇の引き出しに戻しました。
どうやらパソコンの前にうつ伏せて眠ってしまったらしく 帰ってきたママの声で目が覚めたのです。
そして夢の中で
「ひいおじいさん.ママとすみれにお土産に欲しいのですが・・・」
と言いそびれてしまったことを悔やんでいました。
生まれてはじめて見て 欲しくて欲しくてたまらず持って帰りたかったのです。
でもそのことを言えませんでした。
ひいおじいさんや一緒にいた男の人たち そしてウミガメたちと過ごしているうちに軽々しく口に出してはいけないことのような気がしたからです。


「たつるさんも食べなさい」
そう言ったママの顔を見てたつる君はハッとしました。ママの髪には島で見た輝きと同じ輝きの髪飾りがあったのです。
「ママ.ママの髪のそれはなに?」
「これはべっ甲よ」
たつる君は胸の奥から湧き上がってくる気持ちを抑えきれずにママに尋ねました。
「僕が持って帰らなくてもこの家にあったの? いつからあるの? どうしてあるの? 
 ママ.べっ甲ってなぁに …?」

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