その時ママの声が聞こえました。
「どうしていいかわからないときはまず自分の心を真っ白にして目の前のものを見てごらんなさい。:
ママはたつる君が悩んでいる時にいつもこう教えます。
たつる君は勇気を出してうつむいた顔を上げました。お年寄りは暖かい眼差しでたつる君を包み込むように見ています。ママに言われた通りにお年寄りのお顔を見つめているとようやく気がつきました。お年寄りのお顔は家のアルバムの中にあったひいおじいさんのお顔と同じだったのです。
「僕のひいおじいさんだ」
心の中から不安が全部消えました。とてもとても懐かしいようなそれでいて近づきがたいようなそんな気持ちです。今度は背筋を伸ばして大きな声でしっかりとご挨拶ができました。
「ひいおじいさん 初めまして。僕はひ孫のたつるです」
ひいおじいさんは微笑んで 「うん」 とうなずきました。
そして
「一緒に来てみるかい」
静かにこう言いました。

二人は海岸から離れ島の奥の方へ歩き出しました。
「ひいおじいさんはどうしてこの島にいるのかしら。ウミガメと一緒に何をしているのかな」
少しだけ緊張のほぐれたたつるくんの頭に尋ねたいことが次から次に浮かんできます。でも黙って少し先を歩いて行くひいおじいさんの後ろ姿に声をかけることが憚られました。ただその背中を見ながら後ろをついていけばいいんだ.いつのまにかそういう気がしていてたつる君は黙ってついて行きました。

涼しい風が吹きその風にのって キコキコという音やジュウゥ…という音が耳に聞こえてきます。着いた場所は見晴らしの良い高台でした。すぐそばには冷たい水をたたえた小川がさわさわと流れています。喉が乾けばたっぷりと飲んで体が火照れば水あびだってできそうです。どうやらそこは作業場のようでした。
「あれ? 日本の人たちばかりだ。たくさん働いている。何を作っているんだろう」
日本から遥かに遠い南のこの島で出会ったのは真夏の太陽で日焼けしたたつる君と同じ日本人の男の人達でした。糸鋸を使って切ったり 熱く熱したコテを水に浸したりしている人もいれば布で磨いたり 二人がかりで大きな鉄の機械のハンドルを回している人たちもいます。その顔は誇り高く胸を張って満ち足りているようにたつる君には感じられました。全員が一つになったような美しい光景に思わず駆け寄っていきました。でも誰も気づいてくれません。ゆっくりと時が流れるなか みんな無言で 息遣いだけがそこにありました。

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