誰とも喋らず南の島の暑く長い昼は静かに過ぎていきます。木陰に座りたつる君はひいおじいさんにききました。
「ひいおじいさん 働いているのは男の人達ばかりですね。女の人も子供達もいない。家にご家族が住んでいるのでしょうか」
「ここには女の人や子供達はいないんだよ。私もこの島では独りなんだ」
「ということは単身赴任なんだ。毎日メールや LINE でおしゃべりして週末やお盆やお正月にはお土産をたくさん持って日本に帰省されるのですね」
ひいおじいさんは首を横に振りました。
「いや もう帰ることはない」
静かな返答にたつる君は息をのみました。そして今までの穏やかな気持ちが吹き飛びました。
理解する間もなく質問が勝手に口から飛び出てきます。
「でも でも ひいおじいさんだけは特別に家に帰ってくるのでしょう」
「ここでは特別だとか自分だけとかそんなものはないんだ。だから私も家には帰らない。ここでみんなと過ごすのさ」
「そんなバカな.大切な家族にもう会えないだなんて。いつも一緒にいるのが一番嬉しいのに。そんなこと絶対おかしい。間違ってる」たつる君の声が少し荒くなりました。納得できる返事が欲しくて続けました。
「もしかして何か日本に帰りたくない事情があるということですか」
「違う」
とても厳しいお声でした。
「帰りたいんだ。でも帰ることを奪われたんだ。この意味がわかるか たつる君」
ひいおじいさんの姿はとても怖くて もう何も言えませんでした。
『それではせめてお手紙だけでも僕がお預かりして帰りたいです。ご家族の方々も楽しみに待っていらっしゃるでしょうし。もしそれも許していただけないのでしたら僕はご家族の方を連れてまたこの島に来ます。僕はそうしたいです』
うつむいたたつる君はそれでも心の中でこう考えました。
たつる君はこの時ひいおじいさんの仰った言葉の本当の意味 〈 この誇り高くたくましい日本の男の人たちは戦争で亡くなった方々であること 頑強なひいおじいさんは戦争で生き残って家に帰ってきたけれど亡くなったあと再び皆とこの島で一緒にいるのだということ 〉を知ることはできなかったのです。

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