鼈甲細工に用ひられる種類


鼈甲細工に用ひられる種類は、動物学上、脊推動物、爬虫類、龜鼈目、海龜科のものであつて、之等は地質時代の三畳 紀に発生し、自堊紀に至つて次第に増殖、第三紀を経て現在に至つたものであり、此の第三紀に於て他の大部分の爬虫類は滅亡し、現在の爬虫類が繁盛したものである。
本科目が淡水に棲息する石龜科と異る点は、總て肢が槐状であり、其指は癒着し、爪は僅かにー二を存するのみで、頭部は猛禽類のそれと相似してゐることである。
其の概略を左に記述する。
代瑁
熱帯性動物で本細工上最重要なものである。此の産地は東半球に於て、紅海より棄印度諸島、マーシャル・カロリン等南長の各島礁で、四半後に於ては西印度諸島より南亜米利加の各沿岸にかけて分布し、殊に玖瑪島は其主要産地である。 本種の大型は甲の長経約一米位に達し、.育中十三枚、緑甲 廿五枚で計卅八枚である。脊甲の周囲を取り巻く緑甲を俗に「爪」と工匠は呼んでゐる。之は背中のみを細工に用ひてゐた頃に其背中を入れる荷物のスキ聞に不用な緑甲を詰め物にして来た事に依ってさう呼ばれて来たのであらう。・叉、或は始め「詰め」と称し、後に「爪」と転訛したものであるのかも知れない。
次に、腹甲(工匠はハラカワといふ)は扁平であり、脊甲の如く覆瓦状を為しては居らず、約十二枚からの甲で成つてゐる。
此の鼈の雌雄別は尾部に依って判別される。即ち雄は雌に比し其外観はや1尾部の緑甲が長いことである。そしてこれらの尾は其外に露出することなく、嘴は強く彎曲し猛禽類と同様である。緑甲は鋸歯状を成し、前肢には二爪を有して稍長く、後肢には只一爪があるのみである。性強暴にして?々人を咬み常に魚類を捕食する。
此甲で製されたものを純鼈甲、或は本甲と称されてゐるが其色は脊甲.に於て黄色又は飴色の他に黒斑点、及び赤褐色の斑点があり、腹申は總て薄黄色で模様無く、其の甲は脊甲に此し甚だ薄く、為に擬甲の覆被等に使用される場合が多い。
脊甲の中でも特に第」の肋骨甲(舟甲)が重用される。
此龜は昔時、南洋方面産のものを通常「南京甲」と称し、専ら中華民国人の商業に依って本邦に輸入されてゐたが、此品は板面に小孔を穿ち、且つ黄色に赤味が多く濃厚な色彩を有し、黄色の淡薄なのは甚だ稀で.内地の需要から見て劣等 であつた。亦-東阿弗利加、西印度諸島産のものは俗に「異人甲」と称され、又は「シャム甲」等の称名にて呼ばれてゐたが、之は維新後、横濱に於ける欧米人の輸入が主となつており、總て其甲の黄色が淡く、黒い箇所は光沢ある添色で品価は常に前述の南京甲より上品であつた。
往時徳川幕府が之を栄耀奢移品と見做し、其使用販賣を厳禁したことが有った。当時去る大名が「近時日本鼈(スッボyを指す〕にて之を製し販賣する者有り.如何取締る可きや」との伺に接し、幕府の当時者は「日本鼈の甲なれは差支へ無し」と指令したことに依って、此品が、或は蔵六の名称であつたのが鼈甲となり、鼈甲の名に隠れて広し愛用せられた。と謂われているが之は余談であろう。
本龜の産卵期は年二回とし、前期は二。三月頃、後期は七八月頃にかけての候とする。一期に四。五回位、一回に付百五十乃至二百五十個を産卯する。此の産卵は多く夜間に於て之が行はれるもので、月令の関係はなさそうであるが、潮汐の干満に関係し、親龜が産卵の為海洋から陸岸へ這ひ上るのは大低満潮時であり、揚陸した親龜は通常、高潮線より約数米隔てた砂浜に産卵する。併し此産卵には場所の適否を撰び決して硬地の砂濱には産卵しない。其の産卵は前肢で体を支へ、後肢にて直経約廿糎、深さ卅糎前後の穴を掘り其中へ産卵し、上より砂を被せて去るのである。此の卵はピンボン玉の如き白色球形の石灰質の外殻より成り、直経三〜四糎、の如き白色球形の石灰質の外殻より成り、直経三〜四糎、重量廿二〜五瓦で、産卵直後の卵は殻が軟質で弾方に富むが 指にて圧すれば訳無く潰れる。しかしこの卵は日子を経れば硬化し、孵化期には弾力を失して著しく脆くなる。其砂中にある卵は約四十日許り経過すると天然の温熱で孵化し、其の稚小なる子は愛らしき頭をきょろきょろさせて自ら海へ帰るのである。しかしこの碓龜の海泳力は弱く、潜水も牢じて表水面下七・八十糎位の深さ・に止まり四肢を休め、あたかも木 片の如く漂流し、一週間位は全く餌を漁らない。
しかし南海の各島礁を遍歴した人は解るが、南海の島々には鳥類、蛇類、蟹類が多く、龜は其の幼児時代に於て之等の被害が甚だしく…・とくに鳥類の如きは、これ等の龜を襲撃したる場合、鼈が蔵六することに依って如何ともしがたいが、大型の鳥類に至っては之を一?にして天空高く翔り、地上の岩石上を目掛けて高所より投落し、之にて甲を粉砕して其肉を喰ふのである。
蟹や蛇類は、龜の首や四肢の柔い部分を破って浸入する。
此等の外敵に依り、成長した鼈甲の産が甚少なのは此れに基因するのである。
成長するに従ひ魚類を漁って生活す為。亦此の龜の肉は臭気があつて食用には不適ではあるが、卵は比較的美味である。
次に、此の代瑁に関する中華民国の古文献を寸見すると、「逸周書」の中に…湯王の時代に於て南方よりの貢品中に此の名詞が見られ、唐の「本草拾遺」に…?瑁は嶺海の海辺山水の間に生じ、大きさ扇の如く、龜甲に以て中に文有り…とあり、宋の「図経本革」に…広南(仏印中部)に皆有り、大な るもの盤の如し、其腹脊甲皆紅点斑文有り、′薬に入るゝは須らく生きたるものを用ふべし、今人多く龜筒を交へ用ひて器皿を作る。鮫魚皮を以て治し、枯木葉を以て研けば光沢を増す、今は皆殺して之を取る…と見える。亦、宋の「桂海虞衡志」には…代瑁は海洋の深処に生ず、状亀の如く殻稍々長し背に甲十二片あり、黒白斑文相錯って成る。其群辺缺けて鋸歯の如し、足無くて四鬣有り、前長く後短かく皆鱗有り、斑文甲の如し、海人鹽水中に小魚を以て飼ふ…とあるが、之に十二片とあるのは十三枚の誤りであらう。
此等に依って考察するに、南方地域より中国にもたらされ中国に於ては古くより之が用ひられてゐたことが解る。
青海龜(和甲) Cheleriouia jaiouia [Thumderg]
緑鼈亀とも書き、本邦にては正覚坊の名で知られてゐる熱帯性動物である。
此甲で製したものを和申製品と称しやはり鼈甲製品に包含されてはゐるが、代瑁製品には及ばず大部分「張甲」として凝甲の表面張りに使用される。
昔は小笠原及び南西群島、殊に琉球より盛んに輸入されてゐたが、.漸次其の捕獲量を減じ、戦前に於ては海安島及木曜島産等が多かつた0特に.小笠原に於ては明治初期頃は頗る多く、島の海岸は殆んど之で埋めら串、海岸をしよう遥する事この亀の群を追散らさねば進まれなかつたといわれてゐる。しかレ臨海聚落が発達し、人口が殖えるにつれ濫獲が行はれ亀の数も少くなり、其結果当局に於て厳重な取締法が発布され、捕獲時期を制定したが、それでも年々減少の一途をたどりつ!ある。現在に於ては全く昔日の俤がない。
此亀.の性質は代瑁のそれとは反対に極めて穏かで動作も遅鈍であり、常に藻類を食し、時々本邦沿岸にても捕獲される。体長は約七十四。五糎許り、ときには一米廿より二米位に達するのも稀にあり、重量百五十瓩より二百瓩以上に達するのもある。此鼈は捕獲後砂上に嘉置すれば動き上り得ず、それでも能く十数日を保つと聞いてゐる。
主甲は十三枚、緑甲は廿五枚で脊甲及び腹甲は亀裂してゐる。そして穹隆状を呈し尾は甲外に露出、嘴は短く、其の緑甲は鋸歯状を成し、肢には一個の爪を有してゐる。甲の色彩は暗緑色で濁り気味があり、暗褐色の斑点を有し腹甲は扁平である。特に肚甲の方が厚くしで価も高く、四肢の皮も袋物の製作に用ひられるし肉は美味であり其味は犢の肉に似て居り、仏蘭西等では上等の料理でなけれは此の鼈の肉は用ひられない。卵の味は鶏卵に比しや1劣るが、この卵の特徴として如何にゆ・でても殻内の卵白は固らないのである。
そして之等の肉類を罐詰となして南洋方面から世界各国へ盛んに輸出されたこ.ともあつた。又、此の亀の脂肪は一頭に付平均十二立から十四立位採取され、割烹用にも点燈用にも使ひ、亦石鹸の原料ともなる。
この和甲の足は、一度熱湯を注ぎ其外皮を取去って肉をソヅプとするが、内臓も食用に供され、其の腸は之を割いて汚料理すると飽に異らない風味がある。
和甲の産卵方法は代瑁のそれと犬差は潔いが、産卵数は九十一百七十個位である。
亦本種は人工養殖を行ふことが出来る。小笠原水産試験場報告書の大要を略述すれば、親亀の卵巣より卵を摘出、孵化場で孵化養育せしめ、九糎許りの稚亀となして放流したが、其の孵化率は八十%より九十%の好成積であつた。しかし放流する迄に斃死する鼈が続出し、結果は五十より六十%に減少したとある。
此の様に保護増殖を計つてゐるにもか1わらず、年々減少の一途をたどりつ1あるとき、果して此等の子鼈は自分の生れ故郷の島へ帰って来るのであらうか。
赤海亀 CCTetteTOlirabea [Eschscholta]
本種も前二者と同種ではあるが、之にて製された細工品位は前二者に此し著しく劣る。
体長一・米内外で、概型は和甲に酷似するが、本種の特徴として、性は強暴で、肋骨甲の五対、又はそれ以上なるのと体色が淡赭であることで、常に魚類を捕食、六、七月頃海辺の砂中に五十-百七十個もめ産卵をなす。肉は臭気があつで食用には不適であるが脂肪、卵は利用される。
大平、大西、印度の三大洋を始.め地中海等の暖流に分布し本邦近海にては支那東海に現れ、時折底曳漁船等にても捕獲させる。稀には北海道近海迄来遊することもある。
本甲使用の製作品としては、全部張甲製品としてのみ使用されるに過ぎない。

以上三種を以て細工の原料とするが、品価はやはり代瑁甲のそれである。そして之等は殆んど甲を剥ぎ乾燥したるものを輸出入の対象としてゐ.た。

海龜卵と鶏卵と\の分折此餃に就て
さきに、海亀卵は鶏卵の如く煮沸Lても凝固Lない事を記述Lた。之に關しては「海亀卵の成分と卵アルピユミンの物理化學的性質」と題する近藤、山田、長島、三氏の日化五八(一九三七)の論文にで究明されてゐるのでヽ参考迄之を左に記述する。

                海亀卵と鶴卯との分析比較に就て
                    青海偲(何れもl個平均)白色レグホン卵
                全卵  33.5[g]   100%    55.8[g]   100%
                卵黄  14.4       44.5   17.8       31.6
                卵白  16.0       47.8   31.8       56.3
                卵殻   2.3        7.0    6.9       12.1
                          海 亀 卵                     白色レグホンY卵  
                          全卵   卵白   卵黄     全卵  卵白  卵黄
              水 分      80.6      97.6      60.2       73.9    87.9    49.2
              粗蛋白      10.8       1.5      22.0       13.2    10.9    17.3
              糖 類      0.1       0.1       0.1        014     0.4     0.3
              粗指肪      5.9       0.1      12.9       11.2     0      31.2    
              灰 分      1.0       0.4       1.6        0.9     0.4     1.6
                  計       98.4      99.7      99.8       99.5    99.5    99.6

以上の結果を総合すれば、海龜卵は鶏卵に比し含水量が遥に多く、特に蛋白に於て之が甚だしい。其卵黄は約ニ倍量の蛋白を含みゝ脂肪分は○。四に過ぎず、亦、凝固温度は著しく高い。従って水の沸騰点では凝固しない。鶏卵アルピユミンの凝固温度七三・五度Cに比し、海龜アルビュミンは鶏卵のそれよりも釣一〇度C位高い。之め事は海龜アルピユミンの特異性を裏書するものである。
次に中華民国に於ける後二者に関連する古文献に依れば「神農本草経の名医別録の註」に…広州に生ず碑跌の形之に象る…とあり、唐の「本草拾遺」…には海辺に生ず甲に文有り物を飾るべし…更に「嶺表録異」に…潮循の間甚だ多し其巨大なるものは入脊上に立ち負ひて行くべく郷土殻を取る。云々「本草綱目」には…?瑁の属にて大さ笠の如し其甲は亀筒と称す黒珠の斑文有って錦紋に似たり肉味食ふべく卵は犬にして鴨卵の如く生食すれは美味なり。…とあり、「地方志」には広東省に産すとある。しかし之等はア?ヲウミガメに関してゞはなかろうかと想われる。
此外、アカウミガメは天皇御郎位式に当り、其盛儀は用ひられ、新穀を作るべき悠紀主基の際田を定められる場合、中華民国の亀卜(カメノウラ或はキボク)の如く此の甲を灼いて其表面に生じる亀裂に依って方向を按じるといふ秘法行事があつた。
之はアカウミガメの脊甲中央部の五枚と、五対の中央側板を解いて表裏を磨き、長さ七、八寸、幅五寸、厚さ一分許りの板と為し、之を焼いて生じたヒヾキ目に依って吉凶を判断る古典占である。之に裁ては正史や稗史等にも見えて居るので之の詳述を避けるが、萬葉集巻十六(上)に車持氏娘子の恋傷心として「
左耳通艮布。君之三言等。.玉梓乃。使毛不来者。憶病。吾身一會。千盤破。神爾毛莫負。卜部座。亀毛莫焼會。恋之久兩。痛吾身會。伊知白苦。身爾染保里。村肝乃。心砕而。将死命。爾波可爾成奴。今更。君可吾乎喚。足千根乃。母之御事歟。百不足。八十乃衢爾。夕占爾毛。ト爾毛會周。応死吾之故。

さにづらふ きみがみことと 玉梓の 俵もこねば おもひやむ 吾が身一つぞ ちはやぶる 神にもなおほせ うらべませ 亀もな焼そ 恋しくに 痛み菩が身そ いちじろく 身にしみとほり むらきもめ 心辟けて 死なむ命 にはかになりぬ 今更に 君が吾をよぷ たらちねの 母のみことか もゝたらヂ やそのあちまたに 夕けにも うらにもぞ問ふ 死ねべき吾がゆゑ 
とあり、鼈卜が当時に於て行はれてゐたことを裏書する。此の様に亀は種々な行事其他に使用されてあたのである。

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