復版「玳瑁龜圖説」天・地
序にかえて
昨年七月の終勺鼈甲組合佐久間氏より珍らしいものが見つかったので読んでもらいたいとの御依頼を受けたのが、私と玳瑁との出合いであります。爾来一年余り、なんとか訓読することができました。珍らしいものというのは『玳瑁亀図説』天・地二巻でありまして、これは川尻清潭所蔵のもので、現在は国立国会図書館所蔵のものであります。その後、『国書総目録』によりますと、他に同じものが東京国立博物館と東京芸術大学にも保管されていることがわかりました。この本は天保十二年金子直吉の諸書より鈔録して編し蔵しておいたものを、文久二年に川尻清潭の需めに応じ、上巻は一二谷重緒、下巻は大堀廣方がこれを写したもののようであります。清潭の父寶岑は、日本橋鼈甲問屋角屋の主人で、劇通家として知られ、その子漂潭も父の志を受け劇評家として知られた人であり、恐らくは当時、相当の額を投じ画家であったかと思われる三谷・大堀の両人に写させたものと思われます。玳瑁に関しての文献は三才図會をもとにその他の資料により、鼈甲の部分については図を入れ説明を加え記録にとどめて、これを後世に伝えようということで、この二冊にまとめあげたものと思われます。この珍らしい文献が見つかったことは、今日の鼈甲業界にとって誠に慶ばしいことで、また現在行なっている方法、技術、道具等は、当時のままのものを用いているということからし
て、これを業界の諸氏にも知ってもらいたいし、更には後世に伝えるものとしてはこれに勝るものはないとして、今回の上梓を見る運びとなったものであります。訓みちがい、不詳のところは後の学究に委ねるとして、国会図書館中川秀彌氏や、石川梅次郎・近藤啓吾・橋本弘正の諸氏の手を煩わし、また印刷については藤井頼次氏の協力を得られましたことは誠にありかたいことで、ここに深謝致します。
この本が汎く鼈甲業界の方々、また鼈甲に興味を持たれておられる方々の机上に置かれ読まれることは喜ばしいことと思います。
今回、本書を刊行するに当り、国会図書館本を底本として使用させていただいたのみでな、その全巻を図版として掲載させていただいた。このことを深く感謝いたします。
昭和五十七年四月吉日
石川 泓美(開成高校漢文教諭)