鼈甲の鑑識法
鼈甲の優劣鑑別は、日本と歐米間の趣味に相違有り内外品問に相反する點が有りまして一律に斷言は出來無いのでありますが、先づ最初に日本人問に共有せる所を申上る事と致します。元來鼈甲原料め大部分は、俗に普K甲と稱す暗褐色(Kに赤味の帯びる)の物、又は赤トロ甲と辞する茶褐色(赤茶色の濃淡とりどりの物)の地色に若干の黄味を帯びる透明ある物.又は殆ど透明少き物等が多くありまして是等は鼈甲原料品 中の普通品とされ、此種の透明無き物劣等品とされて居ります。而して優良品としては地色が眞Kに近き物にして透明部分が多く、且つ透明は眞白又は若干昧を帯びる程度の白さを有する物、然も透明部分は大にして其斑點の鮮麗、模様の面白味を有する等の諸點が具備された程度如何に依り優艮品の高低を定めらるる物であります。以下製品に付き詳細に申上る事と致しましよう。 例へば櫛・笄・戎ぼ帯止等を造る塲合に於ては、前述の原料中其目的品に向つて適當なる透明部分を切斷して造る物でありますから、揃・笄又は帯止の如き小形の物は、原料の地色と 正反對に透明色の塲所を台として是れに黒色斑點の面白き箇所を取り入れて造った物がありますが、是れ等を高級品とされて居ります。尤も、高級品中に於ても叉前述の通り目的品に 適合せる雲形斑紋の面白味の如何と云ふ事を考へねばなりませぬが、原則と致しましては(イ)地色の眞白に近き物、、(ロ)斑點は眞Kにて其境界の鮮明なるもの、(ハ)透明部分の大なる物、( ニ)斑點は可成表裏同一に近く、し透し見たる時全般に色合の統一せる物、(ホ)光澤に深みみを有するもの、此諸點が具備せる物は最高級品で有ります。以下其區別は 一言に申上る事は甚だ困難で有りますが、発づ前記の最高級品の例にならひ普通は透明部分の大小を第一とし、次に其地色の眞Kに近き物、第三、透明部分の白さ加減、第四、雲形の面白味如何等の 點を總体的に観察して上下の識別を定めるのであります。 然るに此最高級に屬する鼈甲は極めて少なく、從って最も高價で有りますので、是れを白甲にて人工により酷似の物を造り是れを入杢と稱して居ります。此入杢とは次項に申上ます白甲に茨布甲の斑點を切抜き、是れを適當の塲所に兩面より埋込んだ物でありまして、一見天然品と變はらぬように出來た物であります。該品は天然品に比し餘程安價なものでありますが、入杢も技術の上下により一見判明する物とせぬ物と段々ありますから、此點は現品により御注意を願ます。 次に歐米諸國に於ては其好みが全然日本と反對であります。元來鼈甲は昔より東洋・西洋共に主として髪飾品より流行して來た關係上、其毛髪の色彩調和上、東洋ではK色斑點の物を尊び、西洋では茶褐色即ち總て赤色を帯びた物を好まれた焉め、日本で赤とろ甲と稱する物が西洋では優良品として歡迎されますので、此點に於て全然其好みが相反します。然しながら、近年日本觀光の歐米人問に於ては、著しく日本式にK色の斑點を有する物を歡ぶ人が揄チの傾向を示して居ますから將來は自然と其優劣鑑別法が日本と同様た一致するのでは無いかと考へられます。
白甲とK甲及其鑑識法
白甲は主に玳瑁の腹部が總て黄色を帯びたる白きものでありますから、此内麹b(爪と稱す)の裏面白き部分を切離し補綴製造した物が大部分でありますが、櫛又は莨入の如き塲面廣く厚味の比較的多くを要しない物は、腹甲を合せて造りたるものが多いのであります。然るに是れ等は赤味を帯びた黄色の物が大部でありまして、純白の物、純白に近き物は甚だ少ないので上下の區別は色の眞白に近く且つ透明せるもの程上等とされて居ります。(此意味におきまして前記の背甲中、透明せる部分には麹b及腹甲中に見出し得ざる稍々味を含む 眞白の物があり、透明も鮮明で有りますから、最高級品は找杢と解し背甲の眞白なる透明部分を切抜きて造ります。要するに白甲は色むらが無く小端(側面の原料合せ目)より見たる時合せ目の目立たぬよう仕上りたる物で、純白に近く 光澤に深み有る物を優良品とし.以下其色合の濃淡により上下を區別するものであります。茲に白甲に對し特に御注意を要する事は、前述の如く白甲は、要は白さ加減によ り上下を區別しますが、製造家には往々工程に色を白く 仕上げる爲め.原料の繼ぎ合せに適度の熱を加仕えず無理な繼合せをした物がありますが、是等の品は後に口張りと云ひ割れを生ずる虞がありますから、左の諸 點に御留意を要します。(イ)白甲は焼繼ぎに適度の熱が足らぬ物は、生地と稱し透明中にかすかに廣く白雲の如き濁りが殘つており、叉着き殘りの部分はかすかに一部不透明の 所があります。(口)焼繼ぎに際し熱度の高過ぎるものは硝子の如ぺ透明となり、稍々嫌味は有りますが割れる虞は少ない様であります。(ハ)以上(イ)(ロ)に述べました通り 白甲は後に割れの虞がありますから、入念品は小端(側面の合せ目)に蒲き甲を張って後の割れを防ぐ事になつておりますから、先づ第一に小端の張ってあるかどうか′を調べて御求めになる事が肝要で有ります。小端の張って有る事を見るには、平面より透して見れば張って有るものは薄く張つた部分が、黄色となつて見出す事が出來得る筈であります。K甲は玳瑁の背甲中K色の部分を切繼して用ひますが、普通背甲中Kの部分は此較的澤山有りますけれ共、是れ等は大部分K色中に稍々赤味を帯びる物、又は僅少の透明を見出すもの Kの内に濁黄色の斑紋を見出すもの、K色の不統一なるもの等でありまして、是等を普Kと稱し適當に其欠點を補綴してK甲に仕上げます。然し前述のやうな欠點のない眞 Kの鼈甲は叉極めて少ないものでありますから、鼈甲品中眞K甲と稱し高級品として扱はれて居りますが、近年は茨布甲及白甲等に飽いたと云ふ鼈甲通の人に歡迎さる る傾向があります。K甲を御求めになる際に御注意を要する點は、前記の普Kを藥品により着色した物がありますが是等はよく御注意になれば本來の鼈甲色と多少異る 事と、艶に嫌味を有する點により略ぼ識別される事と思ひます。
張甲及擬甲の鑑別法
張甲 の見分方は、其芯の部分は大体に於て牛・馬・蹄角の延ばした板に玳瑁及和甲(正覺坊)の背甲又は腹甲を張附けたものでありまして、腹甲を張附けたものは自甲張と稱え玳瑁背甲を張り附けた物は鼈甲張、和甲を張った物は甲張又は和甲張と稱し、是等を 總稱して張甲製と唱えて居ります。鼈甲張にも片面張、兩面張の二種があり、兩面張は本甲に最も良く似ておりますが、兩面に張った物は必ず同一斑點が鼈甲にはありませぬから、何 處かに杢の行違ひの部分があり、此箇所はK味を生じ嫌味が有るので直ちに判明致します。叉片面張は其表面より見たる時は殆ど本甲品と相違はありませぬが、裏面より見れば全然表裏の色が 違ふ事で判明します、例へば刷毛とか手鏡の如き裏面より見る事の出來ぬ物は、光澤の探味が無き事及其杢の(斑點のこと)深みを觀察し、總体の原料に對する深みとを見くらべて判斷するの他は有りませぬ尚叉張甲品たる有無を見る一方法としては、其品の小端(側面)より入念に注意して見れば、兩面張は其張合せ部分が三段に分れて見え、片面張は二段に分れて見えますから、此方法によりても判明致しませう。叉鼈甲張と和甲張を見分ける事は、元來が龜の種類が相違するのみで性質は酷似の物で有る爲め常に見慣れない方には甚だ困難でありますが、和甲は大体其原料が極めて薄き爲め大部分張甲製品に使用され、和甲は比較的透明部分が多く且つ斑點(杢)が鼈甲の如く鮮明で無く.恰も墨汁茨布張の如〈簡單に見分け難いが、張甲台即ち牛馬蹄角板には平面より透して見れば極微細なる纎維が有りますから、該品に腹甲を張っても依然として微細なる線を 發見する事が出 を濡紙に散らした如く其色の濃淡が甚だしく、又原料が薄き爲め光澤に深みが無き等により判明致します。但し鼈甲張と和甲張の價値は其原料にもよりますが、先す大体鼈甲張の半額内外の物であります。白甲張と稱するものは主に正覺坊(和甲)の腹甲を牛馬蹄角を延ばした板に張附けたものであります(此張附法は和甲の接着法により説明す)白甲張は前記の來ます。而して張つて有る無しを見るには、小端より透し見れば其芯の部分が大部分の厚味を占め、片面張は片側に兩面、或は四方に張って有るものは、其部分は先づ一厘乃至二厘位の厚味のみ濃黄色を帯び.判然と區例へぼ芹の如き四方張や或は小口(側面)張かを見出し難き時は、艇つて有るものは、其部分は党づ二度乃至二厘位の厚味のみ濃黄色を帯び、判然と區別して見出す事が出來ますが餘りに薄きものを張って有り例へば笄の如き四方張や或は小口(側面)張かを見出し難き時は.現品を傾斜し平面に注意して透見る時は張って有る物は滑かに何等の障害無く、張ってない物は微細なる穴のやうなものを見い出す事が出來ますから、夫で判明致しますが、是等は相當鑑別眼を有せなければ甚だ困難で有りますから餘程御注意を要します。尚又茲に別種の原料にて卯甲と稱し、鶏卵の蛋白質より造った台に腹甲を張った物は全然纎維が無く、特に見分けに困難で有りますが、該品は全体にかすかに昧を含み、叉透し見ればぼんやりとして透明せず、殊に小端より見たるとき白甲の如く合せ目がないので判明致します。以上は張甲製品に付き述べましたが.以下擬甲に付き簡單に申述べます。擬甲とは要するに鼈甲に似せて造った物である事は申迄も無き事でありますが、從來鼈甲が餘り高價であつた爲め明治三拾年頃よ り鼈甲に代り、歐米諸國より鼈甲酷似のセルロイド(當時ゴム共稱す)板が輸入される事となり.當時舶來品崇拜の盛んな 時代ではあり .且つ値段も?甲に比し安價な所から、忽ち此鼈甲代用品が髪飾品として非常に流行する事となり、何時しか鼈甲の存在さえ忘 れらるるが如き?態に到り.此擬甲セルロイドが本筋の物と解釋さるる如き珍現象を見る事になつて来たのでありますが.大正年間より再び財界の好況と共に漸次 鼈甲の眞價を再び一般に認識さるる事となつた譯で有ります。然るに擬甲も化學の進歩に伴ひ、現今ではセルロイドを初めラクト或はセロン等と種々な名稱の下に進んだ物が出現する事になりました。是れ等の見分け方に付きましては、以前はセルロイドは火に燃え鼈甲は燃えぬと云ひ、點火を眞擬の試驗かの如くに心得た物で有りますが、今日では全然不燃焼の物が種々有りますから、是れは全く價値無き物となり、やはり見分けるの外はありませぬ。此見分け方としては第一、茨布甲物、赤トロ甲物、K甲物と各種に夫々酷似の物はありますが、要するに化學應用の人工物である爲め、其斑點が各塲面を通じ一定Lて型にはまつた物であり、自然の面白味が無く 光澤も大部分は藥品に依っておりますから、表面にぎらぎらして恰もニス引の如き感を呈してゐます。然し特別高級品は、やはり鼈甲の如く撥械と藥品を應用して磨き上た物がありまLて、是等は一見其眞擬の見分けが當業者外の方には困難ですが、常に 本鼈甲を御璧になる方は光澤及透明・斑點共に其感じが何所か全体に違ふ事は、 彼の正絹織物と人絹織物と相違する如くに判明さるる事と信じます。擬甲には化學的人造原料と天然原料の二踵ありますが、天然原料は張甲台に用ゆる牛馬蹄角で有ります。此最上の物は馬蹄、次に牛蹄、牛角の順序で、其特徴は 白鼈甲の如く透明し光澤も叉鼈甲と 殆ど變り無く、色合は持前の白さが餘り白過ぎる爲め、其儘では如何にも紛物らしく却つて眞の紛物とするには若干の色を附ける必要がありますから、是れに火色と云ひ適度に火に炙りて色を附けた物は白甲と殆ど見分が困難であります。叉色付には油に入れて煮る物、染色によるものがありますが、油色は稱K味を帯び、染色は後にはげる欠點があり、後者は安價ではありますが御注意を要します。 此の見分け方は張甲の時に述べた如く透して見れば、馬蹄板は透明は極めて良くありますが纖維が顯著で、牛蹄は纖維は極めて微細で一見見えぬ位ですが透明が鮮明で有りませぬ。牛角は主に大形製品即ち箱物・化粧具等茨布の張甲に用ゆる事が多く、生地の儘で使用する事は極めて少なくありますが、該品は透明も悪〈色合にK味を帯び一見で判明するもので有りますから、是れを水牛製品と稱えて居ります。茲に御注意を要しまする事は、從来は牛・馬・蹄(通稱牛爪及馬爪或は牛又は馬と云ふ)共に板に延ばした儘、美しく透明せる所のみを使用した物でありますが化學の進歩に伴ひ、現今では藥品により晒して用ゆる事になりましたから、昔の物より非常に透明も鮮明になり、一見白甲と見分け難き程度迄進歩しましたが、其反面に性質が?化を來し、粘力を甚しく減退して質が脆くなり、破損し易き欠點を生ずる事になりましたから、該品は使用に際し特に留意の必襲を感じます。又K鼈甲紛としては.水牛の角及K馬蹄の延ばした物を用ゆるのでありますが.該品の見分け方は透して見れば、本鼈甲は何所かに斑紋又はかすかに透明部分を見出す事が出來一方紛物は斑紋がなくK色に灰色を帯び多少の濃淡はあるが.鼈甲の如き斑紋及透明は絶對に無く、光澤も鼈甲の如き底光りの探味が有りませぬから略ぼ判明致しますが、此K水牛に薄きK甲を張った物は識別が甚だ困難でありますから.小端に特別の注意を要します。要するに是れ等牛・馬・蹄の天然擬甲は本鼈甲に酷似し一見識別困難なる程度の物でありますが、本甲に比して質が脆き事及び光渾の消え易き等の遜色を持っております。
先頭のページ 前のページ 次のページ >|