我が国に伝えられた最古の玳瑁細工
我が国では、幸いにも正倉院御物の中に玳瑁細工を用いたものが数点保存されているので、それらによって奈良時代(七四五−八四)の玳瑁細工をほぼ完全に近い型で知ることができる。このことは世界の玳瑁研究史の上で非常に貴重な資料である。
正倉院の御物のなかより、その代表的なものを次にとりあげてみると、
一、螺鈿紫檀五弦琵琶 この琵琶のことを「正倉院珍宝帳」には次のような説明がある.
亀甲鈿 捍撥。 納 紫綾袋 浅緑昴苧
この文章の意味は次のようになる。琵琶には亀甲細工と螺細細工がついた捍撥があり、その琵琶を納めてある袋の表ぎれは紫色の綾絹で、その袋の裏には浅緑色の「ろうけつ染」がつけてある。
捍撥というのは琵琶を演奏するときに撥があたる部分をいい、通常の琵琶ではここに革がはってある。
また琵琶の中で、四弦のものは他にも残っているが、弦が五つある「五弦の琵琶」で実物が現存 しているものは、世界で正倉院のものただ一点だけであるといわれている。
その「亀甲鈿」とする「鈿」というのは青貝細工、または貝かざりの意味であるから、玳瑁細工と青貝細工とを組みあわせてつくられている装飾品のことである。実物をみてみると琥拍を花の心とし、そのまわりを貝細工(青貝螺鈿組工)と玳瑁細工で二重の花弁をつくった小花が十三個つくられ、その小花十三枚が琵琶の面に規則的に並べられている。そして捍撥の部分には玳瑁が下地にはられその上に青貝細工でサザン朝ペルシア様式の模様で、上段には熱帯樹とその周囲に飛びかう五羽の鳥が描かれ、下段にはラクダに乗った四弦の琵琶をひく西域の異国人物を中において、その四囲には青貝細工の岩石と草花が巧みに配してある。そしてこのような図案が五弦琵琶に描かれているということは、琵琶が我が国に伝えられた経路を示しているようであると説明されている。 (正倉院事 務所編 正倉物解説書参照)
然し玳瑁細工と青貝細工の技術は琵琶と同じようにペルシアより伝えられたものではないのかもしれない。それは捍撥には革をはるのが通常とされているから、本来は革張りでよかったのに、それに玳瑁をつけているということは中国でなされた工芸であろうと考えられるからである。中国の玳瑁はフィリッピン方面のものを使用しているので、中国の玳瑁細工は南方より次第に中央部に伝えられ、その技法も進歩してきたのではなかろうか。そして我が国にも、中国あるいは朝鮮よりその技法が伝えられたのであろうが、この五弦の琵琶そのものが我が国でつくられたものでなく中国(隋?) よりもたらされたものである、といわれている。
二、金銀亀甲盒
長方形の箱であり、その箱には玳瑁がはりつけてあり、前述した透絵的な効果をねらった工芸品である。まず箱の周囲に鹿の角をはめこんで亀甲型の区画をつくり、その中に金箔と銀箔を交互にはりつけ、その金銀箔には墨で花の模様を描き、その上に玳瑁のうすい板を亀甲型に切ってはりつけてある。そのために金銀墨画の文様をうきたたせ、工芸品としての効果を一段とたかめているといわれている。
この他正倉院の所蔵品の中には、中倉に玳瑁螺鈿八角箱があり、南倉には玳瑁八角杖、桧和琴(玳瑁給付) などがあり、北倉には螺鈿紫檀阮威、螺鈿紫檀琵琶、木画紫檀碁局にもそれぞれ玳瑁張りが 施されている。
然し、正倉院の玳瑁張りと弥されているものの中には、玳瑁そのものを張ったものと、馬爪を張ったものとがあるといわれている。馬爪が玳瑁の代用品としてつかわれることがあったと考えられている。後世になっても馬爪を上部にはって玳瑁の代用品とすることがおこなわれているが、この時代よりすでに馬爪が使用されていたことがわかるし、後世馬爪を朝鮮から多く輸入していることを考えると、正倉院収蔵品の中に使用されている馬爪も朝鮮から持ち渡られたものであったかもしれない。
また正倉院収蔵品の中にこのように「玳瑁張りの工芸品」が/多く収蔵されていることは.いかに玳瑁張りの工芸品が愛好されていたかを示している。その背景には、当時の文化の中心地であった唐の工芸品の中に多くの玳瑁張りの工芸品が好まれていたことに、大きく影響されるものがあったと考えてよいようである。
次いで平安時代の玳瑁資料は極めて乏しい。古事類苑服装の部に次のように石帯の部に次のように記してある。
玳瑁帯〔日本書紀臥武〕延暦十八年(七九九)正月庚午、勅、玳瑁帯者、先聽 三位己下著用、 自今以後五位得 同著、
〔日本紀略嵯峨 大同四年(八〇九)五月癸酉、聽五位己 上通 用白木笏 白玉、玳瑁
亦依 延暦十五年正月、十八年正月兩度格. 等腰帯者、自餘禁制一如 常例
〔延喜式弾正四十 凡略○中玳瑁、馬脳、斑犀、象牙、沙魚皮紫檀、五位己上通用
石帯にはこの他犀角帯、鳥犀帯、斑犀帯(大略水牛)、象牙帯などがある。この角材のかわりに玳瑁が使用されることがあったのであろう。この玳瑁は唐より輸入され、我が国で加工されたものであったと考える。
この他僧侶が使用する如意或いは袈裟の環に玳瑁を使用したものがあったと考えているが、今日までの調査ではこれ等をみいだすことはできなかった。
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