玳瑁細工生地次第の記


○甲を以て貨に作るは、多分一側宛拵ふ。三枚合せ等に致し拵へ上るなり。別の肉中に入る生地は最上を撰び用ふ。両外側へ出る生地は中なり聊か次なる物を用ひて可なり。若し中へ次なる生地入る時は仕上りて甚だ見苦しきなり。
○爪を開きて符帳を付け、櫛笄箸に作るに、先竪と云ふを、其の品の形の大爪の数を以て壹側直に其の形を取り建る物、竪といふ喜なり。此の堅の片面より迫々生地を見立張りて厚みを付る。肉真中へ最上の生地を用ふ是れ身なり。其の上を追々張り上る。其の生地多分細き爪を用ひ、元の竪は外側へ出る順なり。是れを家作に譬へば竪は柱梁の如し。肉張り揚る生地は板貫小割の如し、此くの如き大小の材之れ無き時は家作全からず。玳瑁の細工も又然り。大小厚薄の生地之れ無き時は、細工甚だ損失有りて全からざるなり。


玳瑁細工の記

細工の阻未だ詳らかならず。元禄歳中、末の頃、江戸日本橋、室町に住む?瑁の職人、亀田屋万右衛門殿、皃世先に細工致し居り候処、廻國の六十六部暫く立ち止りて之れを見る。而して玳瑁接ぎ附くることを傅授す。因って始めて接事を知ると云ふ。
○甲のまま表砂摺を小1を以て削り去り、肉附の方も同じく削り、熱き鉄箸を以て白身を能く押し潔し。夫々甲の宜しきに随ひ、櫛笄簪等に伐出す毛引形を掛け、箸にて温め突伐刀を以て押し切る。甲切に差障る黒斑有るを、余の白身を以て斑抜き致す。挽抜亦は無地等に拵へ、右斑抜相ひ済みて按延し、重ね合はせて品に作る。惣て接口、斑抜等其の細工生地の、時宜しきに寄り、鴈木刀、鑿、付鮫等を以て削り、其の上、小刀削り致し、附木賊を以て摺合せを致し、其の粉有を清ぎ接板にて拂ひ落し、清ぎ水を接口へ 板にて施し、生地高低有る処へは柳當て板宜しく添へ、上下へ接板を平に當て、熱箸を水桶に浸し、加減能くさまし、是に挟む、若し強く熱すれば、當板貫き生地まで焦し、箸の先へ一粒の水を施して之れを見るに、シウ引と云ふ位をよしとす。鉄箸に鉄輸をはめ、鉄の打込棒を以て、連々打締むる。是れ又加減有るべし。強く打込めば生地まで裂る。品挟みたる所へ涼水を板にて施す。挟み置く事、烟草一服の間位、打棒を以て輸を打戻す。是くの如く次第に重ね平らに肉揚止る。此の形とりたる品を温き箸を以て、端より端まで打ち平らかにするを平均を打つと云ふ。次に鴈木刀を以て削り揚げ、小刀削り致し止む。櫛などは馬に挟み、歯を挽き、夫より磨く。木賊を以て悉くみがき、杢の葉を水に浸し置きたるを以て水を付け涼ひて悉くみがき、一度品を洗って水を拭ひ取りて、乾杢を懸る。足は杢の葉つかひて目つぶれたるを乾し、草板のうえにて角粉を摺り付けて精しくみがき、又白革の肌能きを撰び、角粉を摺り付けてみがき、先つや有り。又手のひらを能く洗ひ、角粉を摺り附け磨く、是れを手づやを揚ると云ふ。全く光澤美なり。
○生地伐出し等、鋸を以て挽抜き來る所、其の生地斑立によりては費之れ有る處、寛政年の頃より、突伐刀、拵へ始めてより鋸の及ばざる處まで、自在に之れを用ひて聊さか費無し。専ら利用の道具なり。亦接口摺合せは、附鮫皮、目細かきつぶれたるを以て、摺り合せ仕來る處文政年始め頃より、附木賊を拵へ始めて已來、専ら接口摺り合せに之れを用ふ。
○細工も追々精しく、先年より甚だ上手に相成り、文政年中頃より、次第に厚内の櫛笄簪等流布し、細工入り組み品と謂ふ。至極美麗に拵へ成す。


同爪細工の記

?瑁瓜細工の祖、万屋久助殿、乙川屋十兵衛殿。天明二寅年、爪四斗樽に詰め、大坂より唐木屋七兵衛殿方へ送り來る由、江戸にて未だ用ひる事を知らず。右久助殿始めて爪を以て櫛に作る。夫より追々笄簪等に作ると聞き傅ふ。此の頃爪ひらくには熱箸を以て爪の曲を直し、鋸にて筋を挽き分る由(未だ突伐刀之れ無き故)
○大爪、中爪は黒黄表裏に分る故、先ず砂摺りを削り去り、濕りたる布に包み、熱鉄箸に挟み温め、突伐刀を以て、爪の表身、中身の問の筋を目當てに、表身を取り放つ、夫より表、裏の間の中身を取り放つ。中身は表身より却って性合宜しき物なり。爪全し、表、中、裏、三枚に相成る。○中爪、小爪、櫛向の爪には、中身之れ無し。唯だ筋を突き放つ。筋も之れ無き物は、黒白の宜しき様、鋸にても伐り分け、稀に中身之れ有りと謂ふ。薄少なり。此くの如くなるか爪を開くと云ふ。白身箸を以て押潔を、後、貨に作る。細工に至りては甲と異なる無し。唯だ班抜之れ無きのみ。
○先年の爪貨多く筋を去らず拵へる紋、筋影現はし甚だ見苦し。品柄下品にて價も甲爪の差別有り。其の後次第に細工熟し、天保初年の頃に至りては上手に相成り、悉く爪筋井せて悪敷きところを去るを拵へる故に貨.綺麗に仕立て、真に甲貸と聊かも違ふこと無し。勿論、貨甲爪ともに、上中下の品之れ有りと謂ふ。價に至らば、甲爪貨の差別無し。取り扱ひ之れに依り、追々爪流布仕り、爪の性、白身片寄り在る故、職人弁利宜し。手早く拵へ成る。又毎年爪舶來も多く、専ら之れを用ふ。但し甲には細蜜の斑抜有り。細工甚だ入り組む故、爪手馴れ職人、甲を更に用ひず。尤も持ち渡りも少し。之れに依り甲近來自然と用ひ方疎し。然りと謂へども最上の甲を以て、貨作りたる物には如くは無し、實に玳瑁の頂上と為す。


玳瑁生地減目見積の記

○甲は黒黄斑にして、自身、何程出ずる可きかな、聢と推斗り難し。勿諭黒黄の多少を、見積り心得べし。唯凡そを推察するのみ。
○人爪、中爪、小爪等、一斤(目方百六拾匁)瑕少き物開きて、自身七拾四五匁位出る物なり。八拾目出る物可なり。虫喰爪は壹斤を開きて自身有五拾匁位出る物なり。其の外爪裏の勝と勝たぎるとを見て自身の多少を知る可し。
○大爪瑕無き物開き揚げ、目方三拾匁を以て、笄簪等を作る。付上り目方拾五目位の品に相成る。是れ貮つ割減なり。但し玳瑁品拵へるに貮割滅より少き物は之れ無し。○中爪瑕無き物、閏き揚げて、目方三拾匁を以て櫛笄簪等を作る。拵へ上り拾貮目付位の品に相ひ成る。貮割半の減なり。○小爪開き揚げ、目方三治匁を以て櫛等に作りて拵へ上り、拾匁附位の品に相成る。三つ割減なり。此くの如き薄き生地は減り目多分なり。○大爪中爪虫喰の物多き爪は殊の外減強し。其の差別心得べき事なり。○凡その見積を記す。悉く生地の性様々之れ有り。故に.概に連記し難し。亦拵へる品に寄り、仕揚げにて余慶に落ちる物有り。或は指込彫細工物等は、又減り余き物なり。

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