甲爪素性井びに疾の記


○色合最上の物は、琥珀の上品に金璃と云ふ物有り。是れと同じうして薄黄に透き通るきみ有り。又櫛笄に拵へ重ね厚くとも、白紙の上に之れを置きて之れを見れば、地色青みを帯びて美なり。
○同上の物は右色合に、少し黄を帯びたる物なり。
○同中の物は右色に、薄赤き気味有る物なり。
○同下の物は、黄に赤色を帯びて、南部墟拍の透き通る気味有り。又櫛笄に作り、白紙の↓に置いて見れば、薄黒色嘉びて赤きなり。
○ドミルと云ふは甲爪の性ドンモリと黄色なり、曇る気味をドミルと云ふ。
○ラスと云ふは、熱き鉄箸を以て甲を挟み打つを押すと云ふ。
○サユルと云ふは、右の如く押すときはドミ消えてあぎやかに透き通るを潔と云ふ。
○カタシ、甲爪性ひねたる物か。小刀當りさらさらとして、品に拵へうきやすし。
○ヤワラカ、性柔かにして、小刀當りすなおなり。附き宜しく品に拵へ保ち宜し。
○ヤケと云ふは生地肉中のひぶくれの如く其の内に小そげ有り、箸にて押し付くるも有り、附いて後、又あらはるるも有り、故に付用ふべか
らず
○泡(又キテスと云ふ)多分の爪の肉中に之れ有り。糖を蒔きたる如し。さりがたき物なり。
○赤虹(又シマとも云ふ)甲爪の肉中に有る赤筋なり、地色より赤く見る。
○赤星、爪ひらき押して現はる。針のさきにてつきたる如し。地色より赤く見る。(但しヤケのるいなるべし)
○ニエと云ふは生地の外に現はる、薄白雲の如し。ドミて潔えず。
 押して現はるる物なり。生地のうちに見るも稀に有り。爪は多く筋ロヘ乱焼の如く出る。平へ出るはぼんやりと出る物有り。
○日夕と云ふは生地の侭にて現はれあり。押して消ゆるも稀にあり。
 消えぎる物多し。カラカサ爪黒白の際に多く出づ、永く引く気味あり。
 ニエの如くドミて潔えず。水を付けて平に透し見れば、白夕の内に針のさきにて突きたる如く、みじんの
白き物あつまりて之れあり。又みじん之れ無し。只ドミル白夕も之れ有り。
○水煮 生地表に白雲の如く現はる。押して消え、又現はる。
○打出し生地の侭にては見届け難し。強く押して出る物多し。亦静かに押して出るも有り。肉中のくせにて
鉄箸の際に現はる。かざし見れば煮に似たり。平に透し見れば、聊かひかる気味之れ有り。
○附残り、生地付き合はせ口、肌合兼ねたるを附残りと云ふ。其の処へ継水を含みたるも有り。又気のこもりたるも有り。其の侭にて暫く置いて、箸を以て付くも有り、付けざることも有り。
○カンヌキ右附残りと同じくして大なる物なり。厚肉の簪ぶっつりと肩付にする時、若し火気通り兼ね。付残る其の巾へ一文字に煮の如く出る故、カンヌキと云ふか、厚肉笄など胴つぎつめの時、此れうれえ有り。
○焦 生地取り放つ時、火を用ひると見え、全く焦げたる物にて、皆表に有り、かる石の如くにて性なし。
○ヒビ 柾に肉中に入る瑕なり。せと物のひびと同じ。
○スミ代呂物に之れ有り。細工人の手くせにて合せめに入るあかの類なり。薄黒く見えて甚だきたなき物なり。
○水垢 代呂物に之れ有り。職人不詞法にて、合い口に水垢入りたるなり。品地合むらむらとして甚だ見にくし。
○斑抜  と云ふは 黒斑差障りの物を去りて、白身を以て、其の處へ入れ替ふ。繼ぎふぬきと云ふ。
○接口  と云ふは 甲爪とも切りて接合する處を小刀の匁の如く、はすに削りて接し延すを云ふ。
○張    と云ふは 夫々品の立を拵え、追々重ねて肉を揚るを張と云ふ。
○立    と云ふは 櫛笄簪ともになり取りたるを立と云ふ。
○ウキ  と云ふは 代呂物へ出る瑕なり。櫛笄指用ひて頭上の熱氣にて、元の接口はなれたる物なり。寒風烈しき節、用ひて出るも、合せ口離れ顯はるるなり。先年の代呂物量ね薄き故かウキ少し。文政年巳來厚肉の代呂物涜行重厚し、生地數枚を合せ作る放かウキ多し。實に玳瑁貨物の瑕なり。ウキ手當は胡麻の油を付け置けば多分ウキ見えず。未だ用ひぎる賣買の貨物にても拵上りより油を付くること常なり。惣て貨物の木端へのみ油を引き置くなり。但し出たるウキは癒すべからず。
油にて仮りにかくすのみ。實に直すには其の處を取り放ち合せ直す、
然りと謂ふも甚だ手重し。元の厚み直すは新生地を一側差し加へず、
肉滅して全からず。
○バラフ(一名挽抜)甲文釆斑のまま、櫛笄簪に作りたるを云ふ。亦挽抜櫛笄と云ふ。
○無地 と云ふは 黒斑少しも之れ無し。櫛笄簪等を無地と云ふ。
○爪筋影 代呂物に之れ有り。惣べて爪表身と中身との問に刷毛目の如き筋有り、此の蔭の皃ゆるを筋影と云ふ。先年は此の筋を去らず、貨物作る故、筋影見えて悪敷きなり。
天保年已來は其の筋を削り去りて作る故、爪貨物と謂ふ筋影之れ無し。
○貨 木線の善悪生地、銘々合せ目、色の際見ゆる物下作の品にて甚だ見悪し。是れを木端がわるいと云ふ。亦上作の品は木端取合ひ宜しく甚だ皃熊きなり。是れを木端が能いと云ふ。
○貨 ?有り、元より生地の性にて磨揚げたる品の平を透し見れば、一面に現はれ見ゆ、但し肉附繪圖?の如し、外贋物には決して之れ無し。
○刺爪とは、大中小の爪の肉に之れ有り。白身へ黒斑刺たる物を刺爪と云ふ。
○中身とは、大爪中爪等表裏の間の白身を云ふ。表身中身の問に白髪を引きたる如き筋あり、是れを境にして突分る。此の中身爪裏の黒斑通りて刺斑有り。薄とろけ斑の如し。又刺斑之れ無し、中身有り、惣べて性合能く大いに貴し。


甲爪分口の記

○甲は壹箱にて賣るも有り。亦壹枚宛符帳付け致し賣るも之れ有り。甲の黒斑へ未を以て印を書す。白身へ墨にて片仮名符帳を以て直段を書す。
○爪は壹箱のまま賣るも有り。亦壹箱を分るに素性を撰ぶ。上中下と分るも有り。上下平均に分るも有り。大爪中爪は伐爪と櫛爪と分る。壹斤.袋に詰め、又は目方に抱らず袋入り致す。小爪には伐爪之れ無く多く櫛向きなり。唯上中下を分けて袋人にす。(紙袋は伊豫仙花、土佐仙花紙を用ふ。)袋表書には爪の大中小を詳らかに書す。最上撰爪 の銘は (何印)極上玳瑁大爪 (數何ッ)壹斤入、通例大爪中爪銘(何印)極上大爪(數何ッ)壹斤入、大中の櫛爪銘(何印)極上櫛大爪(數何ッ)壹斤入、中通小爪は (何印)小爪(數何ッ)壹斤入、下の小爪は(何印)並小爪(數何ッ)壹斤入、其の外壹箱内より極々下品爪出る是れをはね出しと云ふ。袋の銘斤不足にても凡そ壹斤とす。又壹斤五合貮斤分も是れ有れば壹通りに記す。正味に目方は袋の口上の方へ掛目を書す。同下の方へ符帳を以て直段書き記す。但だし伐爪は笄簪拵へるに宜し。櫛爪は櫛拵へに宜し。分口大略に記す。  

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